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カテゴリ:史跡
島原
京都では五花街というのが有名ですが、分類によっては六花街と言ったりもします。その際に最後の1つに数えられるのがここ島原。かつては置屋が約50軒、揚屋(いわゆる料亭)が約20軒という大きな花街でしたが、現在その名残として、揚屋である「角屋」と置屋の「輪違屋」の建物を残すのみとなっております。

町の入口にある島原大門。
角屋さんでは、観光の団体さんに遭遇。現在角屋の建物は「角屋もてなしの文化美術館」として公開されています。ただ公開期間は限られていて、私たちが行ったのは1月だったので見学は出来ませんでした。
幕末には勤皇、佐幕派双方の会合場所となり、維新の旧跡の1つです。
尊皇派の久坂玄瑞もここで密議を交わしていたようですが、なんで1人だけ名指しなのか。代表して?それとも超通ってたとか?西郷隆盛とかの方が有名な気もするけど…ちょっと謎。

こちら、置屋の輪違屋。なんと現在も営業中。私たちが通りかかった時も、お店の方とおぼしきおばあちゃんが中に入って行きました。ただこちらは、いわゆる「いちげんさんおことわり」のお店。そんな訳で、中に入るのはちょっと大変そうですね。
歌舞練場もあったようですが、現在はデイケアセンターになってます。
街中には他にも見どころがぼちぼち存在。このおっきな木も説明文付きでした。
なにしろものすごい強風の日で、歩き回る気も失せてざっと見てから本来の目的地へ移動することにしました。
今度、浅田次郎さんの『輪違屋糸里』でも読んでみようかな。


by mdegu | 2009-06-15 14:56 | 史跡
五条楽園
現在京都には花街と呼ばれる歓楽街が6箇所ありますが、消滅してしまった場所も数多くあります。以前は「七条新地」という名で呼ばれていた遊郭である五条楽園は、売春防止法施行によって遊郭としての幕を閉じ、現在は数軒のお茶屋を残すのみとなっています。
東山方面に遊びに行った帰りとかによく通ってたんですが、そんな場所って知らなかったよ…。いやちょっと他とは雰囲気違うなぁなんて感じてはいたんですけどね。

高瀬川沿いにあるので、Hさんともちょこちょこ通ってました。夜に通ったことないのでホントの様子は分かりませんが、午前中はこんなにサワヤカです。
でもそこは花街。お茶屋さんらしき建物も数軒みかけました。「羽衣」なんて、素敵な名前ですね~。
こちらは「三友」って書いてあります。大きい建物でした。
旅館もあったのかな。空いてる土地もちょこちょこあって、看板落ちてたりしたですよ。
お茶屋さんは朝だから閉まってるけど、まだ営業してるのかなぁ。

五条大橋に出るちょっと前には源融の邸宅だった河原院跡の碑があり、大きな榎の木が植えられています。
新緑の頃は葉も青々として迫力あります。
榎の横の橋は「えのきはし」。
ここを抜けると鴨川と五条大橋に出るのです。五条大橋から見た五条楽園一帯はこんな感じ。そういえば歌舞練場もあるみたいなんですが、確認して来なかったなぁ。
最寄駅は京阪の清水五条駅です。
時代が変わると、街並みって変わって行きますね。ちなみに大橋の青銅製擬宝珠は昔からのものだそうです。
昔の擬宝珠と現在の京都タワーがみょーにマッチしておりますな。


by mdegu | 2009-06-14 18:17 | 史跡
寺田屋
十石舟に続く伏見酒造めぐりのシメは、あの有名な寺田屋を見学。
昨年の秋、京都に遊びに来てくれた後輩夫婦なんかと一度来たんですが、ぎりぎりアウトで入れなかったのでリベンジです。

建物の右側のこちらから敷地内へ。
建物への入口は、ここ入ってすぐ左手。入場券は「土佐國銀札」デザイン。ちょっと変わってますね。入場料は1人400円です。
早速階段を上がって2階から見学を…と思ってたら、すぐに1階で解説が始まるとのことで、慌てて下に降りて説明を聞きます。寺田屋の説明は、お登勢さんの部屋にて行われました。
坂本龍馬とか寺田屋事件などについて分かりやすく解説してもらえるので、有難いです。

ざっくりと説明を聞いてから、再び2階へ移動。
寺田屋は今でも現役の旅籠なので、お部屋が区切られております。
基本的に部屋は狭いです。旅籠とはいえ、こんなもんだったのね~。
お目当ての龍馬のお部屋はこちら「梅」の間。
中はこうです。やっぱ狭いなー。
有名な刀傷や、弾痕なんてのもありました。
まーでもアレですよ。京都に来てちょっとした頃に寺田屋は再建された建物だっていうのが判明しちゃってたので、いまいち盛り上がりに欠ける私なのです。

んで、龍馬の部屋を出るとすぐの所にあるこの階段。
裸のおりょうさんが駆け上がって龍馬に危険を知らせたとされている「昔白刃の裏梯子」です。上から見たらかなり急。これを素っ裸かつ濡れた足で駆け上がるとは…やるなおりょうさん。
そんな素敵な姉御のおりょうさんが入っていたお風呂がこちら。
昔ながらの五右衛門風呂のようですな。

内部の見学が終わったら、次はお庭の見学。
なんか色々あるみたいだったけど、さらっと流す私。
一番奥には龍馬先生の銅像あり。
この下にちょこっと置いてあるちっちゃい地蔵が可愛い…。誰が置いたんでしょうねぇ。
あと、有名な句も飾ってありました。並々ならぬ信念の強さが感じられますな。
世界的に乱れに乱れてるこの時代、龍馬さんくらいアクの強い正義の政治家とか出てこないかなぁ。


by mdegu | 2009-06-10 21:48 | 史跡
東天閣
シュウエケ邸見学で、公開異人館は多分これで全部。ちょっとした達成感を感じつつ三宮駅へと向かう途中、東天閣の前を通りかかりました。
グラシアニ同様、こちらも異人館を利用したレストラン。元々は、ドイツ人のビショップさんて人が自宅として建てたお家です。
大連で料理人をしていた先代が受け継いで北京料理のレストランを開業し、現在に至ります。『東天閣』はこちらの本店含め全部で3店舗あり、後は芦屋とそごう西神店の5階にあります。
うーん素敵なレストランだわ…。いくらくらいするもんなんでしょ。ってすごーい。一番高いやつは3万とかする!どんだけ美味いんだろーなー。
ランチは2000円くらいからあるみたいなので、目の前にある神戸北野ホテルに泊まって東天閣でランチしたーい!
今度行く機会があれば是非実現したいです。
取りあえずは予定ないけどさー。


by mdegu | 2009-06-06 15:33 | 史跡
シュウエケ邸
異人館10館目は、グラシアニと同じく異人館通り沿いにあるシュウエケ邸
イギリスの建築家A.N.ハンセルが自邸として建設した、ゴシックを基調するコロニアルスタイルの西洋館です。
他の異人館とはちょっと離れた場所にあるので、お客さんも少なめ。ゆっくり見るにはいいですけどね。建物にはここから入るんですが、古いですね~。
内部には明治時代の浮世絵がびっしり飾られてたりもして、かなりの和洋折衷感でした。実はこちらも、オーナーが住みながらの一部公開異人館。そのせいかは分かりませんが、異人館には珍しく靴を脱いでの見学+内部は撮影禁止となっています。

そんなわけで、撮影OKのお庭だけご紹介。
備え付けのスリッパにてお庭に移動。
お庭の奥にはベンチがあって、
そこから見た建物がこちら。
近くで見ると結構古いんですけど、遠目で見ると今でもおしゃれだなぁって感じます。でも、西洋館なのにお庭には燈籠。不思議だわー。
良く見たら、屋根にはしゃちほことかあるし。変わってるけど、ミョーに馴染んでる…。
さすが建築家の自宅ですね。


by mdegu | 2009-06-05 12:43 | 史跡
グラシアニ
朝から歩き通しで8館の異人館をめぐって来たせいで、さすがにお腹も空いて来ました。ランチを食べ損ねてたんですが、既に時間も2時半を回っています。ここでゴハン食べちゃうと夜食べられなくなるので、カフェで甘いものでも食べることにしました。そこで寄ったのが、異人館を利用したレストラン『グランメゾン・グラシアニ』。異人館めぐりには外せない1軒です。
入口はこちらで、カフェの場合は中にあるバーかテラスに通されます。お天気も良かったので、私はテラス席に案内して頂きました。お客様が他にもたくさんいらしたので写真は控えましたが、階段を登った建物右手前部分がそうです。
私が頼んだのはケーキセットで、飲み物はハーブティーをチョイス。まずは運ばれてきたハーブティーを飲んで一息です。
しばらくしてケーキ登場。これで1200円だったっけな?まーちょっと高い気するけどおいしかったし、優雅な気分にもなれたのでよしとしましょう。
お腹も落ち着いたところで、お店の人にお願いして内部も見学させて頂きました。結構混んでたんですが、空いてるお部屋を見せて下さったりして、すごく親切。無理いったのに皆さん笑顔で優しかったです。ありがとうございました!
ランチもディナーもお値段高めのフレンチレストランですが、一度食べに来たい気分になっちゃいました。
やっぱりレストランは、親切な店員さんのいるお店が一番です!


by mdegu | 2009-06-04 11:39 | 史跡
香りの家オランダ館
黄色いパスポート、最後の1館は香りの家オランダ館
前の2館同様、ハンコをもらって中に入ります。
こちらの異人館もいわゆるテーマ館なんですが、建物自体は異人館を使用しているのでくくりは「公開異人館」となります。
当時は、オランダ領事館として使用されていたようです。

内部の様子はこちら。高級感ただようリビング。
赤じゅうたんが素敵なダイニング。
素朴な台所。
全体的に落ち着いた印象を受けます。

普通の異人館に見えるけど、何故「香りの家」なのか。実はこちらでは、オリジナルの香水を作ってもらえるんです。しかもいくつかの質問に答えて、その人に合った香りをオリジナルで調合して頂けるという念の入れよう。ま、有料なんですけどね。1本9mlで税込3255円。20分くらいで出来るし、レシピは3年間保存されるので後日の追加注文もOKだそうです。私は香水付けないので買いませんでしたけどね。
そして、お土産品や展示物にもオランダの香り。お土産コーナーは、木靴グッズ満載です。
展示してあったオランダの伝統工芸品「ヒンダローペン」。
風車も外せません。
こういう置物、置く場所ないのに欲しくなるなぁ…。

続いて2階を見学。サロンとかあります。
ベッドルームとメイドルーム(!)。日本でも秋葉原に行けばメイドさんには会えますが、こちらは本物の制服。男性用のも置いてあるけど、男性使用人も「メイド」って呼んだのかな。
こちらはバスルーム。
洗面台はロイヤルドルトン製だとか。もったいなくて使えないっ。

下に降りて、お庭も見学。
裏に回ってもこの程度で、見るほどのお庭はありませんでした。
そうそう、帰る前にこちらでも記念スタンプ押して来ましたよ~。
外にあった風車、ちっちゃくて可愛かったな。
やっぱオランダといえば風車だもんね!


by mdegu | 2009-05-30 18:53 | 史跡
垂仁天皇陵
唐招提寺の見学を終えると、この日の目的は達成。とりあえず雪は止んでいたので、西大寺の駅まで歩くことにしました。その途中で、田んぼの中にこんもりした森を発見。
手前には池みたいのもあって、釣りをしてる人もいます。

近寄ってみたら入口があり、「垂仁天皇陵」とあったので、古墳だと分かりました。中から出てきてる人もいたので、私たちも入って見ることに。
中に入れるとはいえ、ここまでです。いわゆる前方後円墳ですが、近すぎてよく分かりませんね。一応ここは「前方」の部分みたいです。
垂仁(すいにん)天皇は第11代の天皇で、尼ヶ辻にある垂仁天皇陵は「菅原伏見東陵」とも呼ばれています。

鳥居の右手に、やけに白い木があったのでよく見てみると、カワウと思われる鳥さんがいっぱい留まってました。種類の違う木なのかと思ったけど、あれやっぱりフンかなあ。ちょっと枯れかかってる気もするし。
その横にあるちっこい島は田道間守(たぢまもり)の塚。田道間守は、常世の国から不老不死と言われている非時(ときじく)の香菓(かくのみ)を持ち帰ったとされる人物。垂仁天皇の命で持ち帰りに成功してるんですが、既に天皇は崩御していたのでショックで亡くなっちゃったそうで。そんなこんなで、現在では果物とかお菓子の神様になってるみたいです。
古事記や日本書紀に出てくるお話なので、史実とは言えないかもしれませんが、取ってくるのによっぽど苦労したのねぇ…。ちなみに持ち帰ったのは橘の実だそうですよ。

ま、これだけなので来た道を引き返す私たち。それにしてもここ、なんとものどかです。お濠の周りはたんぼだし。多分ここは、丸と四角のくびれの所だと思われます。
古墳の横には4両編成の近鉄橿原線が通っておりました。
あと、飛び地だったけど、ここも敷地。
垂仁天皇はまだ文献がきっちりしてない頃の天皇なので本当にいたのかどうか謎ですが、天皇が亡くなった時の人柱を埴輪に変えたエラい天皇なのです。
現在は訪れる人も少なく、野鳥の楽園になってましたけどね。


by mdegu | 2009-01-28 11:32 | 史跡
太閤石風呂
ハイキングを終えて宮の下に戻ってきた私たちは、ホテルに戻る前にもう1か所プチ観光してきました。それがこの「太閤石風呂(たいこういわぶろ)」。太閤秀吉が小田原城を攻める際に入湯したと言われているお風呂です。
八千代橋辺りから蛇骨川沿いに「太閤石風呂通り」っていう名前まで付いてました。表示では、石風呂までは3分で行くことが出来るようです。
右手に川を見ながら歩いていくと、ほどなく「太閤の滝」に到着。
「眼下」って書いてあるので覗いてみました。なかなかの落差です。
で、更に進むと「太閤石風呂」の表示と説明板がありました。
こちらも「対岸」って書いてあるので、また覗きこんでみることに。
目的の石風呂は、流れの早い川のすぐ横にありました。こんな所で露天風呂か…。なんか落ち付かなそう~。
ちなみに現在では湯も涸れて、温泉ではないようですが、ちょっとした歴史ロマンを感じることは出来ました。

通りの左手はこんな感じで湯気とか出てましたが、こっちもなんだかさびれてるなぁ。
石風呂の向かいはこんな状態だしさ。
目的も果たしたので、ホテルに戻ることにしました。まだ灯は入ってなかったけど、街灯の柄は「瓢箪」です。
また、近くには「太閤湯」なんていう共同浴場もありました。
富士屋ホテルの男性用大浴場の名前にも使われてたし、縁の地なんですね。
それにしても、明るいうちに戻って来れて本当に良かった~。
by mdegu | 2009-01-13 12:34 | 史跡
埋木舎
土曜日はなんとかもったお天気も日曜日までもたず、今日は朝から雨模様。朝ごはんを食べた後、昨日買った「ひこにゃんパスポート」最後の施設である埋木舎(うもれぎのや)を訪れました。
埋木舎は、後の大老・井伊直弼が若き日を過ごしたお屋敷跡です。
中に入ると、学芸員らしき方が先客に説明をしている所だったので、私たちも途中からですが話を聞かせていただくことに。

井伊直弼は、彦根藩11代藩主・直中の14男。藩主の息子といえども、上に13人もにーちゃんがいると、下手な藩士より貧しいんですね。彦根藩では、跡目争いを避けるために長子以外は早々と養子に行かされることになってるし、隠居した先代の、晩年の、しかも側室の子なもんで後ろだてもなさそう。
その内3人は夭折しているとはいえ、男だけでも兄弟が15人もいるってすごいなしかし(驚くのそっち?)。何故か直弼だけ養子の口が決まらず、彦根にて隠居のような生活を余儀なくされていたそうです。
後に藩主になり、大老にまでのぼりつめるから、運命だったのかもしれませんねぇ。能力も非常に高いので、正直思う所はあったかと思います。それでもくさらず、あてのない15年間を文武両道にいそしんでいた所がすごいです。
実際、どちらの方面でも異彩を放っていたようです。国学や仏教はもちろん、武術や茶道、焼き物に能面造りまで、能力は多種多彩。建築学にまで精通していたようで、こうなるともう和製レオナルド・ダ・ヴィンチですよ。押しが強くて頭のカタいおっちゃんイメージだったんですが、すごい人だったんですね。

で、見学に訪れた私たちはというと、雨降りのせいか中に入れて頂くことが出来ました!Hさんも真面目に説明を聞いています。
建物は文化財ですが、『武士の一分』や『大奥』など、ドラマや映画のロケにも使用されているようです。説明は主に建物についてで、非常に興味深かったです。ちょっと長かったけどね…。

十分説明を聞いた後で外に出て、お庭拝見。建物の横の入口から中に入ります。こちらが本来の順路となります。
お庭の木々も、紅葉の途中。ツワブキの花も終わりかけでした。
茶人でもあったので、お庭の植物も色合いが考えられた配置になっています。
鴨居にはウサギと家紋(橘紋)をモチーフとしたかわいい飾りが配されているんですが、一番奥の部屋に1つだけ2羽のウサギが戯れる形のものがあります。これ、「幸せのウサギ」なんだそうです。こういうの好きだなー。
これを触って出て行った娘さんなんかがみんな幸せな人生を送られたそうで、特に女性には験がいいそうです。私も触らせてもらいました。えへっ。
Hさんも「男でもいいの?」って聞いて、触ってたことも記しておきます。ちゃっかりしてんなー。


by mdegu | 2008-11-16 15:34 | 史跡
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